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雨の広島で出会った昭和の広電たち|レトロ路面電車撮影記

広島電鉄には、戦前・戦後に製造された貴重なレトロ車両や、全国の路面電車から譲り受けた歴史ある車両が今も活躍しています。

⇧長崎編にも書きましたが、私は昔から昭和の乗り物が大好きです。そんな私にとって、広島はまさに「路面電車の楽園」。

今回ご紹介するのは、長崎を訪れるより少し前に、レトロな広島電鉄の車両を求めて訪れたときの記録です。

撮影した車両が多く、「あの写真はどの車両だったかな?」と後から分からなくなってしまうので、自分用の記録も兼ねて、車両カタログのような形でまとめてみました。

 

行った日は生憎の雨。

しかも二日間ともわりと激しめのやつ。

とはいえ、天気だけはどうにもできません。気持ちを切り替えて、撮影スタートです。

 

「昭和の広電」351号車(昭和33年製)

広電にとって戦後初となる完全新製の自社発注車です。
市内線と宮島線を直通運転するための高速性能を備えた車両として製造されました。

353号車とともに2023年3月に引退。350形は352号車のみが現存し、運転士養成などに活用されています。

「被爆電車」652号車(昭和17年製)

2021年4月24日撮影

現役で営業運転を続ける被爆電車として有名な車両です。

1945年8月6日8時15分の原爆投下時、この車輌は宇品*1を走行中でした。

爆心地から比較的離れていたため小破で済み、わずか5日後の8月11日には営業運転を再開。焼け野原となった広島の街を走る電車は、市民に大きな希望を与えたと言われています。

705号車(昭和58年製)

広電の伝統的なカラーリングを纏った昭和最後の時期の主力。

「元大阪市電」762号車(昭和15年製)

762号車は、1945年の大阪大空襲により車庫で被災。そこから奇跡的な復興を遂げ、戦後の大阪の街を支え続けました。大阪市電の廃止により、同型を22両も譲り受けましたが、気づけば現役で残っているのはこの1両のみとなっています。

「元大阪市電」910号車(昭和32年製)

上の750形と同じく、大阪市電廃止に伴い14両が広島電鉄へやってきました。
戦前生まれの750形に比べると、丸みを帯びたモダンなデザインが特徴です。

「GREEN MOVER LEX」1006号車(平成27年製)

「GREEN MOVER LEX」1011号車(平成28年製)

広電のバリアフリー化を支える超低床の国産主力車両

「元神戸市電ハノーバー電車」1156号車(昭和31年製)

神戸市電全廃に伴い、7両がやって来ましが、現在営業運転を続けるのは1156号のみです。広島市とドイツ・ハノーバー市の姉妹都市提携を記念してライオンやゾウなどの動物が描かれた「ハノーバー電車」のラッピングが特徴です。

「元京都市電【比叡】」1905号車(昭和32年製)

「元京都市電【銀閣】」1907号車(昭和32年製)

「元京都市電【清水】」1909号車(昭和32年製)

「元京都市電【大文字】」1912号車(昭和32年製)

2021年4月24日撮影

「元京都市電【鞍馬】」1915号車(昭和32年製)

1900形は京都市電から15両が譲渡されました。現在でも11両が活躍しており、主力と言ってもいい車輌です。全車に京都にちなんだ愛称が付けられています。

「ぐりーんらいなー」3904号車(平成4年製)

低床型で宮島線に対応した高速性能を持つ主力車輌です。

「Green mover max」5107号車(平成19年製)

「Green mover max【サンフレッチェ広島】」5108号車(平成19年製)

「Green mover max【2017広島東洋カープセリーグ優勝記念】」5109号車(平成20年製)

5車体連接・100%超低床構造を採用した広島電鉄最大級の車両です。

広電のフラッグシップとして、市内線・宮島線の両方で活躍し、多くの利用者を支えています。

*1:現在の広島港付近

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