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映画「おいしくて泣くとき」レビュー

今回見たのは「おいしくて泣くとき」
このセーラー服姿の當真あみの笑顔!最高です。

 


この作品も全体の設定としては、ストロベリームーンと同じく過去があっての現在の生き様が大きなウエイトを占めている。
 
不幸な境遇のせいで部活をやめてしまったふたりが、部活に入っていないことを理由に学級新聞の当番をクラスメートや担任(え?笑)からも押しつけられ、ヒマなふたりで「ひま部」を作ったことをきっかけにお互いに惹かれ合っていくストーリー。
 
夕花(當真あみ)はネグレクトかつDVな継父?(描写はないが状況から継父)からの虐待を受けつつ、継父の連れ子である義弟を守り、「こども飯」(子ども食堂という呼称が当時まだ一般的ではない)へ連れて行ったりしている健気な少女である。しかも学校では同級生女子からイジメにあっていて友だちもいない。
 

  • 夕花の実の父親と母親はいったいどうしたのだろうか。
  • 亡くなったのか、離婚したのか、現在は?
  • 優しかったのだろうか
  • そもそもなぜこんな男と再婚したのか
  • 母親は夕花を置いて旦那から逃げたのか
  • 義弟との暮らしはどれ位の長さなのか、それによる兄弟愛はどれほど深いのか
  • バルコニーのある家に住みたいという憧れを描くようになった心情の裏に何があるのか、幸せな家族への憧れで正解なのか。


そのあたりがまったく分からないので夕花の今の心境を想像できない。
 
一方の心也(長尾謙杜)は父親も理解がありとても優しく、学校で父親がやっている「こども飯」が偽善だと同級生から嫌われてはいるものの、イジメられているとまではいえない。しかもサッカーの有力選手だったこともあり、サッカー仲間からは慕われている。唯一不幸なことといえば、怪我をしたせいで、将来を有望視されたサッカーを諦めざるを得なくなり帰宅部ということくらいだ。
 
さすがに父親が偽善だからといって同級生を嫌うのは無理があるのでは。
 
不幸な境遇のふたりが恋に落ちるという設定にしたいのかも知れないが、夕花は不幸のどん底なのに対して、心也の不幸はなんだか中途半端なのである。
 
学校にも家庭にも居場所がない夕花にとって、ほんの些細な幸せは「こども飯」でバター醤油焼きうどんを食べている時間だった。そしてそれに「ひま部」として心也と過ごす時間が加わった。ふたりはひま部で楽しい時間を過ごすうちに、お互いがお互いの心の隙間を埋めていくようになる。
 
しかし夕花は普通の恋人同士のように心也と映画を見に行ったり、夏休みの約束をすることさえかなわない。
 

上下画像2点【Oricon news】より

「私…逃げたい、遠くに…」「もう、安心したいんだ...」
 
この夕花の気持ちには涙が溢れた。そして心也が夕花を守りたいという思いを、この帽子を被せるという行為で表した脚本家、あるいは監督さんには脱帽です。(帽子だけに。。w)
 
そしてふたりの一夜限りの逃避行が始まる。

果たしてこの逃避行はふたりにとって幸せな時間だったのか、あるいは出口の見えない、高校生の自分たちではどうすることも出来ない運命に、あらためて気づかされ、打ちのめされたつらい時間だったのか。
 
私は心也は前者で夕花は後者だったのではないかと思う。
 
そして夕花はひとり、この逃避行を終わらせ現実を受け入れる決断をする。
 
當真あみと長尾謙杜のふたりが、台詞にはない心の揺らぎを表情や仕草で表現する素晴らしい演技をしていて、見ていて胸が苦しくなった。
 
 
最後に。
當真あみは左利きであり、左利きであることは當真あみの大事な個性である。

(・・・と私は思う)

劇中の夕花も左利きである。
しかし大人になった夕花(尾野真千子)は右利き・・・。
 
そういうとこ、しっかりして欲しかったです!
 

え、もしかして!記憶喪失って利き手も忘れてしまうもの?。

もしそこまでこだわっていたとしたら逆にゴメンナサイだけど、それなら最後、バター醤油焼きうどんを食べた瞬間に左利きを思い出して欲しかったな(笑)

 

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おいしくて泣くときのロケ地巡り⇩

www.tabinokioku.jp

 

2025年11月2日 鑑賞

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